(^_-)-☆パレンバン 

1479 記念日である。44年前である。
一昨日のスマトラのパレンバンと言えば、私ですから、もちろん、行ったことがあります。落下傘で降下したわけではありません。ジャカルタから普通の飛行機で行きました。シマトラの南西で、その西にバンカ島、ブリトゥン島があって、バンカ島の対岸にムシ川の河口があり、そこから内陸に70Km以上入ったこところにある、石炭や石油なのど天然資源が豊富な地域です。ムシ川は幅も深さもタンカーが町まで入ることができる大河です。バンカ島もそうだが、錫や鉛の露天掘りの現場もそこここにあり、たまった水が鮮やかな空色に染まっています。
で、なぜ、パレンバンについて書き始めたかと言うと、私が小学校へあがる前に父親からパレンバン作戦、落下傘部隊の降下作戦について、しつこいほどその成果と戦果について聞かされていたからです。“加藤隼戦闘隊”や“空の神兵”などの軍歌はその頃覚えて、盛んに私自身が歌っていたと後に聞かされました。その歌は歌ったことを覚えていない。後にサラリーマンになってから、会社の先輩に習志野の空挺部隊出身の猛者がいて、会社の宴会には必ずそれらの歌を声高らかに歌うので、覚えてしまった。だから、今は歌える。

ところで、その、パレンバン作戦とは、日本が、南方の石油基地を確保しようと必死になって精鋭部隊を送った作戦でした。川をさかのぼっていては、到達までの時間がかかりすぎて、オランダ軍が逃走する前に石油基地などを焼き払ってしまう可能性があったので、落下傘部隊を降下させる作戦に出た。日本軍得意な急襲作戦だった。その作戦の成功は日本中を歓喜させた。日本軍、絶頂の時でした。そういう話を聞かされていたので、行ったときに何か記念碑などがあるかと思っていたが、何もなくて、ムシ川の畔の博物館に当時の遺品の数々が展示されていた。
http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage107.html これが2010年2月の旅行記
写真集は?探して見たがない。ということは、アップするのを忘れていたのでした。先ほど、フォトアルバムに追加した。
http://otaenplaext.net/newpage37.htmlそれがここ。
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 JABABEKAⅢの様子、三年前にここの貸工場で押出成型をするつもりで物色したことがあった。まだ、新興工業団地なので、塗装が新しく、汚れていない。この中の会社の一社から見積もり依頼が入っていた。もし、ここでやっていれば隣組だった。
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