(^_-)-☆初めての

 2527 多くの人が覚えているでしょう、いろいろな、なじめての日。その日は、感動的でしたという日があるでしょう。
先ず、電話が家に来た日。今日電話が入るよと、知らされてはいたが、小学6年の時。学校から帰ると、店の奥の事務机の上に電話を見つけた。黒い本体にダイヤルが付いていた。もう、入れているが、あったので、形は知っていた。夕方、いじっていたら、父が、お祝に出前のそばを取ろうという。新しい電話帳から、近くの蕎麦屋の電話番号を探し、僕が注文すると言って、初めて電話を掛けた。もりそば5個を注文した。通じた。めちゃくちゃ感動した。今と隔世の感がる。
テレビはある家に行ってみていたが、家に入ったのは、高校生になってからだった。白黒のチェンネルをカチャカチャと回すやつだ。ワープロを買ったのは、35歳の時でした。わが社にファックスが入ったのは、もう、39歳になってからでした・客先が、注文はファックスでするから、入れないと、注文を出さないぞと言われて、あわてて買った。50万円もした。最も、そのおかげで、その会社だけで、毎月50万円以上が儲かった。
ラップトップを使い始めたのが、1997年、既にインドネシア時代になっていた。赴任した時には、ワープロを持参していた。フロッピーディスクをインドネシアで探した。と同時に携帯電話(HP)を買った。ノキア、7万円くらいした。現在は2004年に買ったソニーエリクソンを使っている。買ったときは6万円したが、今なら同じ機能のものなら3千円もしない。

日本では、初めてという製品を作った日も沢山ある。そして、インドネシアで始めて、も沢山ある。きのう書いた製品もインドネシアでは初めてだ。製品の初めての日は、沢山ある。若いころの日本では、次々と誕生させた。
66ナイロン、6ナイロンの異形品(プロファイル、エッジング、グロメットなど)の数々、スパイラルチューブ、面取りスパイラルチューブ、コイリングチューブ、タテ割り(のノ字)チューブ、径可変のノ字チューブ、三次元曲げ加工チューブ、押出自在ブッシュ、これらを作ったということは、それを作る金型や冷却装置や後加工装置も初めて作ったということです。時代が要求した製品でした。そして、それは、自己満足の世界だ。
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傑作は、ソフトクリームの製造と絞り出し機?というのでしょうか、ソフトクリームを売る場所には必ずある装置です。今はどうか知らないが、出すところが三か所あった。そこには白いプラスチックでできた。厚い板のようなものが出っ張ってついているはずです。それを日本で初めて作ったのは私です。1970年4月でした。大阪万博の年でした。それまでは、日本になかったはずです。あったとすれば、日本製ではなかったでしょう。その装置を作る会社の歴史を見ればわかるでしょう。
ポリアセタール、POM、ポリ オキシ メチレンの異形品です。固化押出しです。当時、すでに、丸棒や板など固化押出は何種類かの原料で出回っていた。何とかエクストロンとか何とか軽素材などという会社があった。それらの会社ではできなくて、私に回ってきた。天狗の一本足の高下駄を横から見たような形です。厚さ5cm以上はあった。幅は30cm、足の高さは10cmほど、曲がりや反りやねじれができやすい形をしているので、それまで、引き受けた会社が挑戦したができなったのだと思う。POMの押出成型の難しさは、ほかの原料と比較できない。チューブを作れる会社は今でも非常に少ない。
世界中にあるので、今は、どこで、どれほどの量を作っているか知らないが、形は45年前と変わっていない。孫と一緒にソフトクリームを買うたびに、そこに目が行く。
初めて 自己満足 快感

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