(^_-)-☆告別式

 2910 アピオセレモニーホール田富 兄弟姉妹、上三人が男、下四人が女、長男は5年前に他界した。その葬式には、6人が参加していた。ただし、次男は、ちょっと見かけただけで、体の不調を理由に、直ぐに、いなくなったしたし、長女の旦那は、入院していて、来なかった。今回は、その長女の旦那が亡くなったのでした。
今日の参列状況はどうだったか、次男と三男と四女と配偶者も、外に出かけることが難しくなっているそうで、欠席。知らない人ばかり、話が弾まない。私がインドネシアの話をしても仕方がないから、私から話しかける話題がない。仕方がない、皆さん歳だから。甥や姪との話も途切れがち。

6時には家を出た。9時頃の出棺、バスは出発するところに、間に合ったが、乗れなかったので後を付けた。焼き場まで遠い、30分ほどかかった。八ヶ岳を久しぶりに眺めた。2時間ほど待ち、葬儀場に戻ったにが、11:30 食事をし、告別式は13:30時間をもて余す。初七日が14:30 これも、30分ほど持て余した。人数が20人程度なので、進行が早い。やっと解放されたのが、15:00でした。やれやれである。寒い、-1℃。
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釜無川と八ヶ岳

何年かぶりの夫婦二人だけの旅だった。解放されて、せっかく、ここまで来たんだからと、出会いの場の大学まで行ってみた。ただ、武田神社まで行って、戻ってきただけだった。それだけのことだが、なんとなく、満足。
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右が工学部、左が学芸学部だった。突き当りが武田神社。昔々ある時、この辺りを汚い白衣をまとって、闊歩していた。

52号線とバイパスをひたすら走って、家に戻ったのは、20時前だった。400kmだったが、甲府までのゆっくり運転を含めても、運転時間は約7時間、パンガンダラン、片道相当、ただし、道の状況は、インドネシアと、全く違う。ほとんど、気になることはない、気を遣う必要がないと思った。本当に、楽な運転だった。車を追い抜いたり、追い抜かれたりしたことは、全くなかった。クラクションは、一回も聞かなかった。バイクに全く会わなかった。山の中や川沿いの曲がりくねった道を走る距離が長かったが、対向車線からこちらの車線に入って、追い抜きをする車に会わなかった。陥没穴はなし、横から飛び出してくる車も無し、信号前などで、決められた車線以外を走る車もなかった。
久しぶり 思い出 現実

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