(^_-)-☆TPS 10

 3268 寒い、昨日、静岡のどこかで風花が舞ったという。しかし、私が移動した時間と範囲には、その雰囲気は全くなかった。
今朝、6時過ぎ、ゴルフに出かけようと外に出た庭に霜柱が立っていた。静岡市街では、霜柱も非常に珍しい。何日か前に、うっすらと、それらしきものは出ていたが、今日は、はっきりした霜柱だった。土を押しのけ、高さは5Cm以上だった。サクサクと踏んでみた。
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今年の打ち納だった。静岡カントゥリー島田コース、私もちょっと在籍していた南部化成本社の前を通って行ってみた。近い、

TPSで、誰よりも生え抜きの従業員から頼りにされていると認識していたし、技術的にも、私がひっぱらなければ、何もできないとも思っていた、そして、入社の時には、この会社のトップになって引っ張ろうと決意していた、その私が辞めよう、いや、見放そう、放り出そう、放棄しようと決めたわけだが、その理由の主なものは既に書いた。要するに、腰掛出向で来ている上司の無責任さと手柄探しと給料の格差とその人が私たちを評価する、その状態が、人が変わっても10年、20年と続くだろう、ということにあきれて、自分が自分で無くなると思ったからだ。

しかし、やめた理由は、それだけではない。会社の経営というより、技術者が自分に向いていると思うようになり、将来、その道に進むと決めた。経営というか、人を束ねるということの難しさを、子供のころから、やっていたというか、その役目をやらされていた。しかし、それは、自分には向かないといつも思っていた。就職して、やめる前には、35~40人ほどの部下を束ねる立場になってしまっていた。このくらいに人数が限界だと思った。また、間接的(部下がその部下を束ねる)にしてもだ。この考えは、自分で会社を作ってからも同じで、社長を他の人に任せたのも、経営者にならざる得なくなってしまったことと、36人以上になってしまったのが大きな理由だった。

そして、もう一つ、望まない付き合いが苦手だったこと、客先との付き合い、社員同士の付き合い、酒を飲めないことが大きな障害だとは思うが、それだけではない。やはり、面倒なのだ。サラリーマンでいる限り、必要なことだと思うので、サラリーマンは向かないと思った。これからも、楽な方に逃げたかった。
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国道150号を焼津から東に向かう、前方は、日本坂トンネルだ。右は新幹線の高架。
放棄 次の一手 技術者

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