(^_-)-☆光陰矢の如し

 3636 阿保のように。事あるごと平成最後の何々、と言っている。滑稽ですね。2018年最後でしょ、それも、いちいち言うようなことでもない。慣性の法則のままにすぎない。というのは、後期高齢者だからそう思うのでしょうね。とにかく、今年もいろいろあったが、生きている内に過ぎ去った。
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孫もおばあちゃんと同じ背丈になっている。
「少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んべからず、未だ覚めず池塘春草の夢階前の梧葉すでに秋声」

日本にいて、何人か集まっている時に、私に、今、何をしているのか聞かれることがよくある、そうすると、どこかのどなたが口を挟んできて、“こいつは、インドネシアへ遊び行ってるんだ”と、いう。

いつかどこかで書いたと思うが、もう、インドネシアは、22年半になる、正味でも19年以上にはなると思う。そして、何のためかというと、インドネシアの人達に私の技術を伝えることだ。私は、子供のころ、日本は、親たちとそれ以前の世代がアジアの国々に大きな迷惑を掛けたと思った。何時か、その逆をしなければならないと思った。社長を辞めて、取引先や原料メーカ―などに、東南アジアへ行って仕事をしたい、ことあるごとに頼んでいた。そして、北川工業がインドネシアへ進出する時に押出部門を作らないかと誘っていただいた。それ以来、新しい仕事が絶えず、主に日系企業から依頼された製品を、インドネシア人スタッフと共に立ち上げ続けている、今でも、絶えない。そして、その中の何人かが、自立できている。

これも、いつか、何処かで書いたと思うが、矢張り、子供のころ、教科書や図鑑で見たり、知ったりしたことをいつか、きっと、見に行くぞと思った。それらを、実現している、まだ、続けている。遺跡、鉱物や原油の発掘現場、各種植物のプランテーション、様々な花、そして、山、海、日本に無い物を訪ね回った。見て回った。体験した。記録に残した。サバンからムラウケまで、場所によっては、しつこいほど何度も。ラフレシアを探しまくっている。
今年は、バリへ二回、ジャクジャ近辺ボロブドゥールなど一回、スマトラのブンクルーへも、パンガンダランとその周辺へ四回、ビザの関係でもあったが、マレーシアのクアラルンプールも行ったね。

そして、ゴルフの付き合い、休日、どこへも出かけて居なければ、ゴルフ場にいた。
こんなことをしているから、人によっては、遊びに行っている、という印象を持たれるのでしょう。それは、ある程度、私を知っている人が言っているなら、当っていると思う。勿論、仕事をしているが、その仕事自体、特技であり趣味でもあるから、仕方なくやっているのではなく、プレッシャーがあるなら、それを楽しんでいるところがあるし、出来るということが、自己満足につながっている。それをしながら、旅やゴルフ、これは、まったく、仕事じゃない、遊びだ、プレッシャーの全く逆だ。
そして、来年も、人から見れば、遊びに行っていると思われても仕方がないような、過ごし方をインドネシアでする。これ出来ますか、と言われる仕事は、出来ますといって、やるでしょう。
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大晦日のスナップ。
遊び 慣性 趣味

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