(^_-)-☆墓参

 3859 先日富士へ行った帰りに、旧国道1号線で静岡方面に帰る途中、富士川町の墓によった。ちょっと早いが、つい出て言うことで、墓参り。この時期、富士川の向こうに大きく見る富士山は全く見えないが、周りの近い景色はいつものように、兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川は、よく見えた。

 父親が亡くなったとき、先祖代々の墓場があるお寺の墓地の一角に、父親の為のお墓を、将来、自分も入るだろうことを想定しながら作った。27年前、私が50歳のころ。太田化工の社長を辞めて、顧問に退いた頃だった。
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  清源院墓地の北側は、ほとんどミカン山、今は、東名高速道路ができてから、簡単に行けなくなっているが、子供のころには、当然、何の障害もなく、山に登って、たもや鳥モチで、昆虫採集やメジロ取りをしたり、ミカンの収穫の手伝いをした山だ。今は、登ることはないが、富士川サービスエリアの方を迂回し、富士川の西岸を行けば、この山の向こう側にあるリバー富士カントゥリークラブに行く機会がある。
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 南側は、見下ろす、真下に富士川、旧国道一号線の橋が見える、その富士川を富士の方から来ると、渡り終わった突き当りに太田石材店がある。今は、ここは事務所兼住宅になっているが、子供のころはおじさんの石材加工の工場だった。工場内でもよく加工の様子を眺めた。橋と石材店とお墓が一直線状になる。
 そして、富士川の向こうには、富士の街、工業地帯、駿河湾、田子の浦、もっと向うには愛鷹山、伊豆半島が広がっている。思い出が次々と蘇る場所だ。

 東側には、直ぐそばに、富士川サービスエルア、観覧車が見える、歩いて20分ほどの距離、その向こうに雄大な富士山が見る、今回は雲の中でした。
 線香をあげ、合掌。

全く、余計なことだが、インドネシア語で“ボサンbosan”は、“退屈”と言う意味です。“飽きる”“面倒な”と言う意味もあ。私は結構使う。
   

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