(^_-)-☆一時代終焉

 1449 もう、何年も前から入っていない、私が小学校へ入る前から、高校卒業まで住んでいた場所、家、そして、両親が、親父が亡くなるまで、住んでいた場所、家、その後は、他人に貸していた家が、間もなく、解体される。更地にして、駐車場と庭にするそうだ。
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“柱の傷は一昨年の五月五日の~~”の歌のように、小学校の時に、毎年、5月5日に傷をつけていた柱、右側が、四畳半の板の間の子供部屋、子供の時から引きだしは無かったが、木製の机が与えられていて、次の写真のガラス窓に向かって座って勉強をしていた。その板の間で、百人一首のかるた時やトランプ遊びなどをしていた。
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裏の庭から見た家、右が便所、勉強机が並んでいた右端から外に出てすぐのところにあって、入って、座ると、木目がはっきりした板の壁を目の前にする。底には大きな目玉の牛が私を見ている、大きな目玉の長い口ばしの鶴が下を向いている。そして何より、お袋が鉛筆で書いた“この世の中”という文字。
このガラス窓の前に井戸があった、“釣瓶取られて、もらい水”の詩のような釣瓶があった井戸でした。およそ数メートルの底に透明な水がいつでもあって、緋鯉が数匹、泳いでいた。中学の時は、日陰になっていた、その井戸の脇に椅子を出して、吉川英治や武者小路実篤や井上靖などなどを読みつくした。私がこの家を出た後に埋められてしまった。
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便所もちょっとだけ外に出たところにあったが、風呂場も左側の3メートルほど離れたところにあった。木製の丸い風呂桶で薪をくべて漏らして沸かしていた。火を付けて沸かすのは私の役目だったと思う。新聞紙に火をつけて、放り込み、火吹き竹で吹いて入れた置いた薪に火をつけるのが、楽しみだった。

 思い出が限りなくある、築60年の家が間もなく壊される。トタン屋根で雨が降るとうるさいというより喧しかった。屋根に上ってペンキの上塗りも何回か手伝った。
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