(^_-)-☆厄介者だ

 3893 韓国は、棚ぼたので独立ができた。独立戦争という戦いをしていない。朝鮮戦争でも、韓国はほとんそ戦っていない、連合軍から独立を与えられた。日本が降伏したから、自然は慣れざるを得なくなった。もし、他の国が支配していたら、独立などできなかった。中国かロシアの州になっていたでしょう。

植民地時代、そもそも、植民地と言う表現も実態を誤解させやすい。合併と言うのが正しい。日本は韓国を植民地になどしていない。特にヨーロッパ諸国が、大航海時代(これもユーロッパからの日表現)競うようにして行き着いた土地をいとも簡単に、支配していった。そして、長い間、植民地統治をした。

植民とは、「ある国の国民または団体が、本国に従属する関係に置かれた地域に移住・定住して、経済活動や開拓活動などをすること。また、その移住民。」である。
日本が合併した地域は、この植民とは、違う。移民、定住は一方的ではなかった、住民の交流、移動も、お互い様だった。一地方として、産業や教育、インフラなどの充実を同じように、また、遅れていた部分は、本国以上の率で予算を分配した。

当時の文章や書簡などなど、確かに植民地と言う表現が使われていた。しかし、当時の殖民地と言う、表現は、特に欧州が支配していたcolony「奴隷とまではいわないが、召使い、小作などとして現地人を使い、身分格差もつけたし、教育も同等にしなかった」を植民地と訳して使っていたので、各種政府機関はそのまま植民地と表現してしまった。
どう考えても、韓国も台湾も植民地colonyではなかった。勿論、ちょっとの間占領した東南アジアや太平洋の島々も日本のコロニーではなかった。

だから、韓国以外の国々は、反日どころか親日だ。韓国もそうだったが、強制慰安婦はなかった。強制徴用も無かった。戦後の金銭的、技術的手助けしたこともあって、親しさを持ってくれている。ところが、韓国だけは異質だ。他の国々より多額な援助をしたし、技術も手伝った、そして、「漢江の奇跡」と自賛していた急速な経済成長を達成した。その後も、日本からのコピーやノウハウを掴むことによって成長を続けた。
だが、日本に支配されたという、コンプレックスの塊は、それらを感謝するどころか、恨みつらみが増殖し、基本条約締結以後の大統領がその地位を守るために、自分の都合がいいように、実際とは真反対の悪意に満ちた、反日教育をした。それが、韓国国民の性格によって、増殖していった。本当に気の毒な国だと思う。
基本条約にのっとって、もし、本当の強制労働の人達がいれば、政府がそれなりの金額を出せば済むこと、日本と喧嘩して余計な金をつぎ込むことを考えれば、雇用工や売春婦だった人に金をはらった方が、余計なかねはつかわなくてもいいし、日本からは、どんどん援助無受け続けることができるのに、日本に喧嘩を売って、良い事は全くないのに、愚かな国民だと思う。何もかも、台無しにしてしまう危うさがある。

因みに、識者の中には、植民地と書いてるから、植民地として支配をした、だから、反日政策を取られても仕方がないし、未来永劫謝り続けなければならないと、発言している人は、ほとんど、勉強不足の目立ちたがり屋ですね。
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インドネシアの技術指導は楽しいし、多くの人から笑顔をもらっている。狭い工業団地?環境は最悪だが、次々と狭い工場が増えている。
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ゴルフ場の夜明け、台湾の方たちの中秋のコンペの打上げ特設会場の準備をしている。
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途中の芸術的樹木からの逆光。
合併 植民地 手助け

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